大阪
中の島中央公会堂
大阪の街で、誇れる場所の一つは、中の島公園一体です。その中でも人々に愛され、親しみを持たれている建物が中島公会堂です。
最近、耐震補強と化粧直しが施され、綺麗になり過ぎて少し趣が無くなりましたが、変わらず絵描き達?が建物を取り囲み、熱心に絵筆を振るっています。
私も何度も描いて愛着を持っていますが、いつも新鮮な発見があり、飽きる事がない魅力的な建物です。
中の島中央公会堂(正面)
真正面から見た公会堂です。東側にある東洋陶磁美術館の方から描いています。 この建物は、どの位置から描いても絵になるから名作といえるでしょう。
中の島中央公会堂(南側入口)
中の島中央公会堂(南側)
(M20号)
「中の島」は土佐堀川と堂島川に挟まれた中州にあります。 この絵は南側の土佐堀川に架かる栴檀の木橋から見た絵です。
この橋の入口に、橋の名前の由来になった大きな栴檀の木が植わっていましたが、2012年9月の台風で根元から折れ、今は又小さな木が植わっています。
※この画像は、クリック又はタップで拡大します。
中庭(東向)
道路から下がった地下1階にカフェテラスがあります。
南の日を受けて気持ちの良いテラスです。
中庭(西向)
難波橋(ライオン橋)
堺筋を北に行き、土佐堀川に架かっているのが、この難波橋です。
「なにわばし」と呼びますが、ライオン橋とも呼ばれ親しまれています。
猛々しいライオンが、低迷している大阪の町に喝ッ!を入れているように吠えています。
大川・桜
大川のこのあたりは「桜ノ宮」という名前が示すように両岸が桜の名所です。又造幣局の通り抜けでも有名です。
遊歩道なども整備されていて、市民に憩いの場となっています。私も現場が近くにあった時、天気の良い日には弁当を買ってのんびりとこのあたりで食べたものです。
ビジネスパーク
大阪城の東側は長い間、開発が遅れていましたが、今ではその立地を生かし、高層ビル群が林立しています。
大阪城との新旧の組み合わせが違和感なく存在しているのは、緑が周辺を締めているからでしょう。
大阪城.01
全国どこでも城の廻りは緑(特にサクラ)が多く、シンボル的な公園になっています。
大阪城も例外ではなく。緑の少ない大阪にとっては貴重な存在です。天守閣から下界の街並を見ていると、気持ちが伸びやかになり、悩みも和ぎスキッとするのは私だけでないでしょう。
大阪城.02
北東側(京橋)の方から見た大阪城です。 緑に囲まれたお城へ向かう橋とうまくマッチしています。
心斎橋・大丸
(M20号)
大丸はアメリカ人建築家ヴォーリスが設計した建物です。関西学院、神戸女子学院など関西にはまだ数多くその作品が残されています。又、メンソレータムの近江兄弟社を作った一人で、近江八幡を拠点に活動していました。
大丸はアールデコの装飾が施され、もう今では作ることが出来ない貴重な建物です。レンガ色のタイルは御堂筋の緑と良くマッチしています。
※この画像は、クリック又はタップで拡大します。
新歌舞伎座.01
関西の大御所建築家村野藤吾の作品で有名です。今は上本町に移転して、建て替えの準備中で取り壊されることになっています。我々は保存を切に希望していますが、経済効率優先の社会には勝てません。大阪の有名建築が無くなるのが惜しくて描いておく事にしました。
新歌舞伎座.02
東側の飲み屋街の路地から見える新歌舞伎座です。
新歌舞伎座という名称なのに、もう壊されるなんて納得ができません。
道頓堀(かに道楽)
(F30号)
かに道楽の前には、昼夜を問わず人で溢れています。もう待ち合わせの場所としては無理になりました。
特にこの頃は、あらゆる言葉が飛び交い、どこの国にいるのか判らないぐらいです。
道頓堀夜景
道頓堀のある「ミナミ」は大阪人にとっては特別な場所です。特にグリコのネオンは、戎橋とセットで常に大阪を代表する存在で、いつも話題を集め、多くの人で賑わっています。あふれるネオンや揺らぐ道頓堀川の光の乱舞を表現してみました。
※この画像は、クリック又はタップで拡大します。
道頓堀・松竹座
(M20号)
大阪では、数少ない戦災を免れた貴重な建物です。我々の学生時代は、洋画の封切館で威厳のある姿と相まって憧れの映画館でした。大規模な改修を経て、今は観劇のための建物ですが、相変わらず威風堂々とした姿は変わりません。
地下鉄御堂筋線・天王寺駅
天王寺駅は、改装は重ねられましたが昔のまま残っている場所があります。広々とした大空間に昔ながらの照明器具が現役で頑張っています。 御堂筋線には創建当時の面影を残す贅沢な空間や照明器具がまだ残っています。
通天閣・夜景
大阪の新世界界隈は、明治時代から賑わいを見せている大阪らしい庶民の街です。その中心地に、通天閣が周りを見渡すように建っています。戦争で焼失した先代に替わり、昭和31年にエッフェル塔を模した2代目として再建されました。
昔から演劇や映画館で大いに賑わって来ましたが、時代と共に廃れ、一般市民に敬遠されていました。しかし、近年活性化が叫ばれ、大阪独特の雰囲気の街として人気が復活し、串かつやふぐを中心とした庶民の味を売り物に賑わいを取り戻しています。
堺・ヨットハーバー
堺は海岸線が多いですが、ほぼ工場地帯で塞がれているのが残念です。この数少なく残された所にヨットハーバーがあります。
我々が子供の頃には大浜海水浴場があり、よく泳ぎに行った記憶があります。
日本は海に囲まれた国だし、特に大阪は「水の都」なので、外国の町の様に、海や川を身近で親しみやすい場所として活性化し、もっと「絵になる風景」を創って欲しいと思います。
堺・大浜灯台
浜寺公園駅
あの東京駅を設計した日本建築界の重鎮「辰野金吾」が設計した駅舎です。今も健在で、現役で使われていて嬉しい限りです。
長い年月、残って利用されてきた事が、皆に親しみや愛着を湧かせる代表例だといえます。いろいろな逆風にも耐えて残ったこの建物を、今まで守って来てくれた南海電鉄には感謝したいと思います。
富田林・寺内町.01
戦国時代からある町で、現在も多くの町屋が残り、大阪府で唯一、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。どこからでも絵になる街並があり、画題には事欠きません。
富田林・寺内町.02
敵の侵入を防ぐ意味から道は辻で半間ずれています。これを「あてまげげ」というようです。 昔の人はよく考えて街を造っています。
富田林・寺内町.03
非常に珍しい「三段蔵」があります。絶好の写真やスケッチポイントです。
河内長野・滝畑ダム
南河内の水瓶の滝畑ダムです。夏はやはり涼しく、水遊びやバーベキュー等の家族連れで、非常に賑わいます。
紀見峠
紀伊国と河内国の境にあり、高野街道の中継地の峠です。
今はトンネルがあるため、交通量も少なく、ハイキングやサイクリングに適した落ち着いた旧道の峠なっていて、趣のある古い家並みが残っています。